大国主は日本最初のイジメ被害者だった


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大国主は日本最初のイジメ被害者だった

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古事記に出てくる大国主命(おおくにぬしのみこと)のお話をしてみようと思います。

「大国主(おおくにぬし)」というのは、大いなる国の主(あるじ)という意味です。
しかも大国主は、八岐大蛇(やまたのオロチ)退治で有名な、スサノオの7代目の孫でもある。

要するに家柄・血統に申し分なく、国家の大王となった素晴らしい男です。

ところが、若き日の大国主は、実は、日本初の「イジメ」の被害者でもあった! というお話です。

小中学生などのお子様をお持ちの方で、イジメの問題にお悩みの方に、ぜひとも語ってあげていただきたい物語なのです。

古事記の大国主の物語は、アノ「因幡の白兎(いなばのしろうさぎ)の物語から始まります。

そんなのは知っているよという方も多いかと思いますが、ちょっと復習してみると、若き日のオオクニヌシは、オオナムチという名前です。

彼には、たくさんの異母兄弟がいて、その兄貴たちは、ある日、因幡(いなば)にいる八上比売(ヤカミ姫)という、たいへんな美人をモノにしようと、鳥取県方面に向かいます。

長い旅行ですから、それぞれの兄貴たちは、たくさんの荷物を持っています。
そのたくさんの荷物を、ぜんぶ担がせられたのが、オオナムチです。

古事記では、この時点のオオナムチのことを、「従者(まがもの)」と書いています。
要するに、若き日のオオナムチは、たくさんいる兄貴たちのパシリだったわけです。

日本神話に登場する大いなる神々の物語は、どれもみんなそうなのですが、ぜんぶ、神々の「成長」の物語になっています。

たとえば、アマテラスといえば、日本の最高神(ちなみに女性が最高神となっているのは、世界で日本だけなのだそうです)ですが、登場したての頃は、弟のスサノオの態度にむくれて、天の岩戸に自分だけさっさと隠れてしまう、軟弱娘として描かれています。

そのスサノオにしても、最初に登場するときは、亡くなったお母ちゃんが恋しいと、自分に与えられた仕事(海を守る)すらも放り出して、男の子なのに泣いてばかりいた。
で、天界を追い出されて地上に放逐されて、八岐大蛇(やまたのおろち)退治をし、最後は立派な大王神に成長していきます。

日本神話に共通している心は、若いころはみんな乱行したり、無茶をしたり、わがままを言ったりしてみんなを困らせたりするけれど、いろいろな苦労をして、最後には立派に成長するドラマになっている、という点にあります。

このあたりが、生まれたときから完璧神である世界の神話との大きな違いで、日本神話は、常に「人は成長する生き物である」ということが大きなテーマとなっています。

宮崎アニメで、「千と千尋の神隠し」というアニメがありますが、登場人物の千尋という少女は、はじめは親の引っ越しがヤダヤダというばかりのわがまま娘です。
そのわがまま娘が、様々な冒険や失敗を経由して、最後には立派な少女に成長する。
あのアニメも、まさに日本神話そのものの物語といえます。

話しが脱線しましたが、大国主、若き日のオオナムチは、そんなわけで、兄貴たち全員の荷物を背負わされて、後ろからついていきます。

兄貴たちは手ぶらですから、どんどん先に行ってしまう。
まー、向かう先には美しい乙女が待っているとなれば、そりゃあはやる気持ちを抑えられずに、「どんな娘だろか」「うわさによると見目麗しく、スタイル・・・」などと大はしゃぎだったとうことが想像できます。

オオナムチは、重たい荷物を持って、そのはるか後ろの方から、たったひとりで、トボトボと兄貴たちを追いかけている。

で、兄貴たち一行が気多の岬(鳥取市)に着いた時、道端に毛皮を脱いだ真っ裸のウサギが苦しそうに倒れていた。

兄弟達は、ウサギに向かって、「海水を浴びて、風に当たって、高い山の頂上で横たわっていれば治る」と教えます。
ウサギは、兄貴たちに教えられた通り、山の頂上で横になる。

ところが海水が乾くにつれて、風に吹かれた皮膚が乾燥してひび割れ、塩分が傷に浸みて、痛くて痛くてたまらない。

ウサギが苦しんでいるところに、荷物を担いだオオナムチが遅れてやってきます。

オオナムチが、「おまえは、どうして泣いているのか?」と尋ねると、ウサギは、

「私は隠岐島に住んでいる者だが、気多の岬に渡りたくて仕方がない。
そこで海を渡るためにサメを騙して、『私とお前の一族のどちらが多いか、数えてみないか? お前は自分の一族をぜんぶ連れて来て、この島から気多の岬までずらりと並んでくれ。
そうしたら、私がその上を踏んで、走りながら数えて渡り、私の一族とお前の一族と、どちらが多いか調べよう』と誘いました」という。

言われた鮫たちは、すっかり騙されて、うつ伏せに並んだ。
ウサギは、その上を踏んで数え渡ってきて、いま、まさに地面に降りようとしたとき、得意になってしまって、思わず、
「お前等は私に騙されたんだ、ザマーミロ」と言っちまった。

ウサギがそう言い終わるやいなや、いちばん端に伏せていたサメが、怒ってウサギにかみつきます。
で、ウサギの毛皮を、すっかりはぎ取ってしまった、というわけです。

で、先に行った大勢の神々が、「海水を浴びて風に当たり、横たわっていればよい」と言うのでその通りにしたら、体が、すっかりボロボロになってしまった、というわけです。

これを聞いたオオナムチは、
「今すぐ河口へ行って、真水で身体を洗い、そのまま河口の蒲(がま)の花の花粉を採って、敷き詰めてその上に転がり横たわりなさい。そうすれば、お前の肌はきっと直る」とウサギに教えた。

ウサギがその教え通りにすると、あら不思議、ウサギの体は、すっかりもとに戻ってしまった。

これが因幡の白兎(いなばのしろうさぎ)の物語です。

オオクニヌシのやさしいいたわりで、ウサギさん、元気になってよかったね、人を騙したら、イケナイんだよ、などという挿話としても有名です。

けれど、オオクニヌシ神話の佳境ともいえるのは、実はこの後にくる物語です。



助けられた白兎(ウサギ)は、オオナムチに、

「あの大勢の神々達は、八上比売を手に入れることはできません。
いまは旅行袋を背負って、みすぼらしい役目の“従者”であっても、ヤカミ姫を妻にできるのは、あなたです!!」と予言してくれる。

で、ホントに大勢の兄貴たちは全員、ヤカミ姫にふられてしまい、姫が結婚相手に選んだのは、パシリの従者のオオナムチ、ということになります。

ここで日本神話は、とても大切なメッセージを、ボクたちに遺してくれています。
それは、どんなにイジメられても「やさしい心を失わなかった」大国主を、世間(ヤガミヒメ)は、ちゃんと見ていた、ということです。

彼は、自分がつらい立場にあっても、愚痴ひとつ言わず、文句も言わず、兄貴たちの荷物を辛抱して担ぎます。
そして、自分も苦しいけれど、目の前でもっと苦しんでいるウサギを助けた。

人を見下し、軽んじる者より、ヤガミヒメ(世間)は、そういうオオナムチを尊敬し、選んでいる。

イジメ被害にあって、相手を恨んだり、相手と闘争的になるのは、よくある話です。
一発殴られたら、10発殴り返せ、ともいいます。

けれど、殴られてもぶたれても、じっと辛抱して笑顔で人にやさしく接するという生き方もある、ということです。

兄貴たちは、オオナムチを軽く見ています。
たかが従者のパシリなのです。

なんで、オオナムチごときがヤガミヒメをGETするんだよっ! ザケンなよ!!となります。
心がさもしい者の考え、とる行動は、いまも昔もかわりません。
ついに兄貴たちは、オオナムチをこの世から抹殺しちまえ!となります。

そして兄貴たちは相談して、オオナムチに赤い猪を捕獲しろと命じます。

山にいる赤い猪を兄貴たちみんなで追い出すから、お前は、それを待ち受けて捕えろというのです。

みんなで苦労して、山からイノシシを追い出すんだ。もし失敗しやがったらお前の命はないものと思え!!というわけです。

ところが兄貴たちが山から落としたのは、猪ではなくて、真っ赤に焼けた大岩でした。

このシーン、宮崎アニメの「もののけ姫」で、猪の神が山から突進してくるシーンにも応用されていますので、ご記憶の方も多いかと思います。

オオナムチにしてみれば、イノシシが来ると思ったら、焼けただれた巨岩が落ちてきたのです。
逃げれば「死」、巨岩を受け止めても「死」。

いわば究極の選択ですが、オオナムチは、勇気を奮い起こしてこの岩を、素手で捕まえます。
そして、石に焼き付けられて死んでしまう。

これを知ったオオナムチの母親は、息子の死を嘆き悲しみ、天の神に、なんとかして息子を生き返らせてほしいと頼みます。

天の神は、すぐに赤貝姫とハマグリ姫を遣わして、オオナムチを生き返らせます。
赤貝姫が巨岩に張り付いた遺体をこそげ集め、ハマグリ姫が母親の乳を塗ったのです。
すると遺体は生き返って立派な青年になった。

殺したはずのオオナムチが、また息を吹き返したのです。
兄貴たちにしてみれば、いつ復讐されるかわからない。
恐怖の総和です。
この恐怖の総和について、今日の本文の最後に、youtubeで拾ったアニメを掲載しておきます。
白人社会、銃社会の構図の動画です。
非常にわかりやすくまとまっています。

オオナムチの復讐が怖くてたまらない兄貴たちは、ふたたびオオナムチを殺しちまえ、ということになって、今度は巨木に楔(くさび)を打ち込み、その割れ目にオオクニヌシを誘い入れて、クサビを外して彼ををはさみ殺してしまいます。

オオナムチの母は、それを知ると、オオナムチの遺体を探しだし、生き返らせます。

けれどこのままでは、またオオナムチは兄貴たちに狙われます。
母は、オオナムチを紀国のオオヤビコのもとに逃がします。
ちなみにオオヤビコというのは、イザナギとイザナミの子です。とても古い神様です。

ところが、隠れたはずのオオヤビコのところにさえ、兄貴たちは追ってきます。
そしてオオクニヌシを矢で射殺そうとする。

イジメが高じて、こんどはストーカーにまではじめてきて、さらに武器さえ持っていれば、なんでもできるとばかり、古い神様がオオナムチをかくまっているという事実さえも忘れて、オオナムチを追ったわけです。

あまりのことに古い神であるオオヤビコは、オオクニヌシを地底の国(根の堅洲国)にいるスサノオのもとに落ち延びさせることにします。

オオナムチが地底の国にたどりつくと、そこには凛々しい顔をした美しい娘がいた。
ふたりはひとめで恋におちます。

娘の名はスセリ姫。
スサノオの娘です。

スセリ姫は、さっそくオオナムチを家に連れ帰り、父のスサノオに引き合わせます。
このころのスサノオは、もはや立派な地底の大王です。

ひとめでオオナムチの力量を見抜いたスサノオは、オオナムチに試練を与える。
ここがまた、大切なポイントです。

兄貴たちは、オオナムチをいじめ、怒りや恐怖からオオナムチの殺害を企てます。

ようやく逃げてきた地底の国(根の堅洲国)は、強大なスサノオが締めている国です。もはや軟弱な兄貴たちが四の五のできる環境ではない。

その根の堅洲国で、オオナムチは、スサノオがかわいがっている実の娘と恋仲になり、結婚したのです。
しかもスサノオは、オオナムチの凄みというか、彼の力量をしっかりと見抜いている。

ほんらいであれば、これで一件落着。
ハリウッド映画なら、オオナムチはスセリ姫と結ばれて、ハッピーエンドでシャンシャン♪となりそうなところです。

ところがスサノオは、オオナムチに数々の試練を課す。

まず、オオナムチの泊まる部屋を用意してあげた。
オオナムチがその部屋に行くと、なんとそこは毒蛇がうじゃうじゃといる蛇の部屋です。

妻のスセリ姫は、オオナムチに鈴を渡し「ヘビが襲ってきたら、この鈴を三度振って打ち払いなさい」と言います。
その通りにしてみると、蛇は自然と鎮まる。
オオナムチは、それでぐっすりと眠り、平気な顔で蛇の部屋から出て来ます。
第一の関門、クリアです。

続いてスサノオは、オオナムチを、今度はムカデとハチの部屋に寝かせます。
ここでも、妻のスセリ姫が、ムカデとハチを撃退する鈴を渡して、オオナムチは、またまたぐっすりと眠り、何食わぬ顔で起きてきます。
第二の関門クリアです。

スサノオは、次にナリカブラの矢を、広い野原に射込みます。
そしてその矢を、オオナムチに取って来いと命じます。

オオナムチが野原の中へ入ると、スサノオは、素早く野原の周囲に火を放ちます。
火に囲まれたオオナムチには、逃げ道がない。

するとどこからともなく、ねずみ(ボクではありません^^;)がやってきて、
「内はホラホラ、外はスブスブ。」とひとりごとをつぶやいて、去っていきます。

そこで、オオナムチがねずみのいた場所を踏んでみると、足場が崩れて、穴にスポッと落ちる。

で、オオナムチが穴にこもっていると、火はその上を燃えて通り過ぎ、ほとぼりが冷めた頃、さっきのねずみが、スサノオの放った矢を口にくわえてひっこり出てきた。

このとき、矢の羽は、そのねずみの子供たちが食べてしまって無くなっていたのだそうです。(スミマセン^^:)

さて、スサノオのもとでは、スセリ姫が、夫のオオナムチが、ついに猛火に焼かれて死んでしまったと思い、葬式の用具まで抱えて泣き伏しています。

「ワシの見込み違いであったか・・・」
スサノオは、焼け野原に入っていきます。

するとそこに、オオナムチが、スサノオの矢を持って、涼しい顔で現れた。
第三の関門クリアです。

スサノオは、オオナムチを、自分の部屋に連れ帰ります。
そしてゴロリと横になると、「ワシの頭のシラミをとってくれ」と命じます。

オオナムチがスサノオの髪の毛を見ると、なんとそこには、ムカデがうじゃうじゃいます。

するとそこへスセリ姫がやってきて、椋の木(むくのき)の実と赤土を夫に与えます。

オオナムチは、その木の実を噛み砕き、赤土を口に含んで、ペッと吐き出す。

スサノオはその音を聞いて、オオナムチが、ムカデをかみ砕いているものと思い、安心して、眠ってしまった。

オオナムチとスセリ姫は、スサノオが寝たのを確かめると、スサノオの髪の毛を四方の柱に結び付け、さらに五百人がかりでようやく動かせるぐらいの巨大な岩で部屋の入口を塞ぎます。

そしてオオナムチは、スセリ姫を背負い、スサノオの秘蔵の宝である、生太刀、生弓矢、天の沼琴(ヌコト)を抱えて、急いで駆け出します。

そのとき!!

天の沼琴(ヌコト)が木に触れて響き渡ります。
その音色で、大地が揺れ動いた。

スサノオが驚いて目を覚まします。

スサノオが起き上がろうとすると、髪が柱に結び付けられていたので、反動で部屋が引き倒れます。

スサノオが髪をほどいている間に、オオナムチは、急いで逃げる。
やっとのことで髪をほどいたスサノオは、オオナムチ夫婦を追いかけます。
そして、あと一歩でというところで、黄泉の国の比良坂にたどり着く。

坂の向こうには、オオナムチと愛娘がいます。

スサノオは言います。
「オオナムチ(葦原色許男命)よ、その生太刀・生弓矢でお前の腹違いの兄弟達を坂の裾に追い伏せよ。
川の瀬に追い払え。
そしておまえは、大国主神となって、葦原中ツ国(=日本)の支配者となれ!」と言葉を送ります。



このあと、オオナムチは、見事に兄貴たちを成敗し、まさに大いなる国の主(あるじ)となります。

たいへんなイジメ被害を受けながらも、やさしい心を失わなかったオオナムチは、世間の支持を得るけれど、兄貴たちによって今度は命を狙われます。

ようやく逃げてきた地底の国では、こんどはスサノオからありとあらゆる試練を与えられる。
その試練を、夫婦で力を合わせて乗り越えたオオナムチは、そこでようやく大いなる国の主となっていきます。

学校で、イジメ被害にあうということは、その子はみんなと違った個性がある、ということです。
そしてどんなにひどいイジメにあっても、正しい心を失わないでいること。
そして数々の人生の試練に打ち勝っていくこと。
そうすることで、はじめて人は大いなる人物として成長していくことができる。

そんなことを教えてくれるのが、オオクニヌシの物語なのではないかと思います。

先日、若い方に大東亜戦争における日米戦争の話をしたら、彼は、日本が真珠湾を奇襲攻撃したから戦争になったのだ、と思っていたと語っていました。

それは、赤穂浪士の討ち入りの日だけを見て、47人の狼藉者が吉良上野介というじいさんを殺害した、という見方をするのと同じことです。
そこだけを見たら、ひどい話かもしれない。

けれど、当時は新興国アメリカが、東亜の植民地利権を確保しようとしていたのです。
当時の世界は、日、英、米の三国が、まさに世界をリードする強国だった。

東亜に、人種差別撤廃、植民地制度反対の日本がある限り、植民地後発の米国は東亜での植民地利権を確保することができない。

そこで、米国はワシントン軍縮会議を開いて、体よく日本の軍事力を削ぎ、英国と結んで、日本の追い落としにかかります。

そして無政府状態となって混乱する中国大陸で、一生懸命に中国人の平和と人権を守ろうと努力していた日本を、後ろから中国の反日勢力をあおることで、日本人を徹底的にイジメ抜こうとした。

そうして起こったのが、支那事変です。

日本は、それでも世界の人々の平和と人権の確立と幸福を願い、ひたすら努力をし続けた。

挙句、起こったのが、日本に対する経済封鎖です。

もはや亡国の道をたどるか、乾坤一擲、悪を誅して国家の自尊を図るか、究極の選択をする中にあって、最後の最後に選択したのが、日米開戦だった。

そして日本は、殺されます。
まるでオオナムチが、兄貴たちから焼けたイノシシを抱かせられたのと同様、日本は焼け野原となる。

ようやく戦後の復興をなした日本は、こんどは為替相場をいじられることで、裂け木に挟まれるようにして、国力、経済力を奪われます。

そしていま日本は、左翼政権というスサノオの試練を与えられている。

ヘビの部屋は、支那による南京虐殺ねつ造や、韓国による従軍慰安婦問題は、スサノオに与えられたヘビの部屋なのかもしれません。
ムカデやハチの部屋は、村山談話なのかもしれない。

そして炎に包まれた日本は、平成不況の日本そのものかもしれないし、もしかすると、民主党内閣は、スサノオによる髪の毛のムカデ退治なのかもしれない。

いま、日本は、ようやく保守勢力が台頭し、いよいよスサノオのもとからも離れ、大いなる国のあるじとして復活しようとしています。

どんなときにも誠実に、誠意をもって、めげず明るく。

それが日本人という生き方なのかもしれないと思います。